INTERVIEW

低消費電力コンピューティングを
単分子誘電体で実現する

株式会社マテリアルゲート
代表取締役
中野 佑紀
低消費電力コンピューティングを単分子誘電体で実現する
株式会社マテリアルゲートは、広島大学の西原禎文教授らが世界で初めて開発した単分子誘電体の開発とデバイス応用を行っています。同社の事業内容と将来展望について、代表取締役の中野佑紀氏にお話を伺いました。(2025年5月23日訪問)

貴社の事業内容を教えてください。

マテリアルゲートは、広島大学・理学部化学科の西原禎文教授と私が2023年6月に共同創業した、広島大学発ベンチャーです。事業内容から半導体ベンチャーと認識されることも多いのですが、「素材の力で未来を創る」という企業理念を掲げている通り材料ベンチャーでありまして、新しい材料・新しい素材によって社会課題を解決していきたいというのがマテリアルゲートの想いです。私自身も化学科出身であり、また日本の他の産業が国際競争力を落としている中、素材産業はまだ強い競争力を持っていると体感として感じており、それをしっかりと今後も次の世代につないでいきたいという想いで事業に取り組んでいます。

会社の設立経緯を教えてください。

西原先生は2010年に准教授として広島大学に来られたのですが、私はその時に4年生で西原先生の研究室に入り、それ以来の師弟関係にあります。西原先生の広島大学での研究室立ち上げの最初のメンバーということで、長く信頼関係を築いてきております。マテリアルゲートで取り組んでいる単分子誘電体の技術は、実は私自身ではなく一つ下の後輩が研究していました。ただ私が大学を卒業した後も年に2~3回は研究室を訪問して、研究の状況などはうかがってよく知っていました。そして2018年にこの単分子誘電体について、室温で強誘電性を示す単分子材料を論文発表したのですが、そのような材料が発見されたのが世界で初めてだったので、わりと大きなインパクトがありました。当初、西原先生としてはこの材料を事業化しようという気は全くなかったのですが、事業会社やベンチャーキャピタルの方々などから事業化に興味がないかと言われることがあり、西原先生もベンチャーを設立する方向に変わっていったというのが最初です。そして2020年に西原先生がJST(科学技術振興機構)のSTART(大学発新産業創出プログラム)に採択されたのですが、その際に経営者候補が必要だということで私が参画することになりました。その後、STARTの中で研究開発と事業化準備に腰を据えて取り組み、2023年に会社を設立しました。

中野社長のご経歴と起業にいたった経緯をお聞かせください。

私は2013年に西原先生の研究室で修士をとって卒業した後、化学企業に就職して3年間くらい研究をしてから事業本部に異動しました。その頃、新規事業にも力を入れていて、何か本当に新しい素材はないのかなと探すようになっていました。ちょうどそんな時、2018年くらいに後輩の結婚式があって西原先生とお会いしたのですが、私が新しい素材の事業化にチャレンジしてみたいと話したところ、西原先生から単分子誘電体を事業化しようという話があって盛り上がり、それではベンチャー作ってやってみようかとなりました。その後、私自身が経営の勉強をしようと思い、2020年から関西学院大学のビジネススクールに通ってMBAを取得してから、2021年の終わりぐらいに前職を退職して経営者候補としてSTARTプログラムに加わりました。
もともと自分で起業したいという発想は全くなく、西原先生の話を聞いた時も、最初は前職のプロジェクトとして取り組もうと考えていました。ただ大企業としては、当然のことですが自社の材料やプロセス、ノウハウなどが活かせるものしか基本的には取り組めないので、西原先生の技術も時期尚早ということで取り組むことができませんでした。そうであれば、ベンチャーにするという選択肢が一番いいのかなと思い起業することにしました。もちろん、前職では取り組めないと分かった時点で、起業せずにあきらめて会社に残るという選択肢もあったわけですが、その時はチャレンジしてみようと思いました。新しい材料の立ち上げには20年くらい時間がかかると思いますが、そうすると一人の技術者として新材料の立ち上げに自分が関われるチャンスにはなかなか出合えるものではありません。そうした滅多にない機会に巡り合っているのだから、一回チャレンジしてみようと思いました。当時は30歳くらいでしたから、失敗してもなんとかなるだろうくらいに思っていました。

事業の基盤となる技術はどのようなものでしょうか?

マテリアルゲートの基盤技術は単分子誘電体(single-molecule electret, SME)という材料で、プレイスラー型ポリオキソメタレート(POM)というリン原子5個、タングステン原子30個、酸素原子110個から構成される無機物のクラスター分子です。形状としてはドーナツ状のカゴのような形をしており、その中に1つの金属イオンがトラップされています。実際には原子数の異なるバリエーションも数十個くらいありうるのですが、これまでの研究成果による知見が豊富なP5W30O110を用いた事業化を進めています。誘電体というのは電気を貯める際に使われる材料で、メモリやコンデンサ、キャパシタなどに利用されます。現在使われている強誘電体はセラミックスで構成されていますが、それに対してマテリアルゲートの誘電体は分子です。セラミックスを用いた誘電体は、誘電性が結晶構造に由来しているため、その結晶構造を最小単位とした数十nmくらいの大きさが必要になります。一方で単分子誘電体は分子一つで強誘電性を出せるため1nmくらいの大きさにすることができます。また単分子誘電体はセラミックスと異なり、分子構造を変えることによって物理特性を変えることができます。たとえば内包イオンを大きくしたり小さくしたりすることで、強誘電特性が発現する温度を制御したり、カスタマイズすることができます。また分子構造はマイナスの電荷を帯びているため、周辺にカウンターカチオンが少しあるのですが、それを選択することで耐熱性、溶解性などの化学特性を変えることもできます。しかも、これは西原先生が研究を始めた当初から狙っていたわけではないのですが、強誘電性を示すことが予想される分子の設計をして実際に作ってみたところ、室温で動作することがわかり実用化に近いものが見いだせたというところです。

どのような市場/アプリケーションをターゲットとされていくのでしょうか?

現在、AI・ビッグデータの活用が進む中、コンピューティングに必要な消費電力はどんどん増えています。マテリアルゲートは、そうした消費電力増加を素材の力で抑えたいと思っています。特にコンピュータの中でもメモリの部分の消費電力削減に寄与することを目指しています。現在のコンピュータでは、CPUが計算を担っており、そこにたくさんのメモリがつながっています。現在主に使われているメモリは揮発性メモリという、電源が切れるとデータが消えてしまうメモリなので、ずっと電力供給しないといけないため消費電力を抑えることができません。電源を切ってもデータが失われない不揮発性メモリもあるのですが、処理速度が遅すぎてメインメモリとしては使うことができません。こうした一長一短があるメモリをつなぎ合わせているのが現在のコンピュータです。もし不揮発性メモリだけでコンピュータを構成することができれば消費電力を9割以上下げることができると言われており、マテリアルゲートは単分子誘電体によってそれを実現したいと考えています。 マテリアルゲートのビジネスモデルとしては、①材料の製造販売、②成膜技術のライセンス、③デバイスレイアウトのライセンスを想定しています。材料は粉末になりますが、これをデバイスメーカーに販売することになります。成膜技術に関してはノウハウと成膜装置をセットで販売することになります。デバイスのレイアウトについては、特性を出すために縦に積んだらいいのか、横一列に積んだらいいのか、四角に配列すればいいのかといったレイアウトのデザインを、ブラックボックスにするなりパテントをとるなりした上で、ライセンスで売っていきます。

単分子誘電体を用いた試作品

事業化に向けて現在どの程度まで進捗されているのでしょうか?

マテリアルゲートを設立する前、広島大学としては高密度化メモリを切り口に単分子誘電体を開発していましたが、高密度化するだけでメモリメーカーに使ってもらうには弱いので、低消費電力を軸に事業化に取り組んでいます。まずは特定顧客向けのプロトタイプのメモリを作っているという段階です。2027年までに特定顧客向けのプロトタイプを作って、顧客企業にアプローチすることを目指しています。
一方で、会社としては足元の売上も重要なので、メモリに加えてディスクリートコンデンサの製品化にも取り組んでいます。要素技術としては、メモリ向けに開発した技術をコンデンサにも展開していけるというイメージです。コンデンサについてはユーザー企業様での検証が進んでおり、マテリアルゲートから材料サンプルをご提供して、ユーザー企業様にて試作したディスクリート製品の特性評価を進めていただいております。当社としては、あと2年ぐらいで製品化したいと考えております。メモリと比べるとコンデンサの方が2年くらい事業化の進展が早いようなイメージです。

今後の事業展開に向けた展望についてお聞かせください。

2028年ぐらいまでには、メモリについて、ある程度特定顧客向けでの製品化はしたいと思っています。またマテリアルゲートはファブレスであり、ファウンドリーを動かすためには長い時間がかかるので、ある程度自分たちでメモリのプロトタイプまで作って動作させないといけないと考えています。まずはこれから2年くらいで特定顧客向けのプロトタイプを作って、その後2年くらいでお客様の製造ラインに合わせ、そこからさらに2年で量産に持っていくようなスケジュールを考えています。
もう少し長い時間軸では、「素材の力で未来を創る」ことがマテリアルゲートのミッションなので、2030年までは単分子誘電体で一点突破して半導体業界に入っていくことを目指しますが、その先の2040年といった将来に向けては単分子誘電体以外の材料にも展開していきたいです。2~3年前は材料でスタートアップをやりたいと言っても「頭おかしいんじゃないか?」みたいなことを結構言われましたが、そんなことはないということを示せればと思います。最近は以前よりも、半導体業界が盛り上がっていて着目していただけることも増えていますし、理解が難しくて時間がかかるようなディープテックに協力していただけるところも増えてきたように感じます。

素材化学関連のメーカーや商社との協業に、どのようなことを期待されますか?

マテリアルゲートとして、自社での製造はなかなか難しいところがあるので、素材メーカー様にはスケールアップでのご協力は是非お願いしたいところです。高温高圧の水熱合成や、高純度化などで製造協力いただけるところがあればご相談できればと思います。また商社様に関しては、マテリアルゲートは素材という上流の部分をやっているので、デバイスメーカーとおつなぎいただくなど、アプリケーション寄りのところでお力を貸していただきたいです。

ウェビナーへの参加も含めて、日本材料技研(JMTC)とのコラボレーションについて、コメントがあればお願いします。

日本材料技研(JMTC)が取り組まれていることは、マテリアルゲートと理念的に通じるところがあるように感じています。具体的にどうこうということだけでなく、新しい材料を事業化するためのオープンイノベーションに向けて、一緒に取り組めることがあれば楽しいなと思っています。

最後に、このインタビューページをご覧になる方に向けて、
メッセージをお願いします。

マテリアルゲートのミッションは「素材の力で未来を創る」です。日本が強い素材業界を皆様と盛り上げていきたいです。社会課題を解決する方法はたくさんありますが、日本としては素材に強みがあるので、しっかりと足元を見ながら、一緒に素材の力で未来を創っていきましょう。

左:中野社長 右:JMTC浦田

※この記事は日本材料技研株式会社が運営するJMTCケミカル&マテリアルズ・スタートアップ・ウェビナーに過去ご登壇いただいた企業に対するインタビューです。

PROFILEプロフィール

中野 佑紀
株式会社マテリアルゲート代表取締役
2013年に広島大学院卒業後、国内化学メーカーにて約8年半勤務。国内および韓国・台湾メーカー向けの半導体・電子デバイス用途における機能性材料の研究開発と事業開発に従事。2023年、株式会社マテリアルゲートを共同設立。代表取締役に就任。広島大学修士(理学2013)、関西学院大学経営管理修士(専門職2021)。

COMPANY DATA企業情報

法人名
株式会社マテリアルゲート
設立
2023年6月
本店所在地
広島県東広島市
事業内容
単分子誘電体の製造・販売
ウェブサイト
https://www.materialgate.com/
インタビュー掲載日:2025年06月01日
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